あるチームのボスのお話

*1

「人が手にした幸運は意外とあっさりとしたことで不幸にかわってしまうもんですよ。」

彼はゴシップ雑書を読みながら語った

確かにその通りだな、と私は思った。

彼はいつもこういった話題を私に持ちかけてくる、話のネタが尽きない男だと、うんざりするほどに、本当に話のネタが多いのだ 彼は。

「このあいだ俺がローマに行ったときにちょっとしたギャンブルに勝ったんですが、そのあと俺に吠えてきた犬が現れましてね、いつもならどうってこたぁないんですが大金を握ってたもんですから、びびっちまって、しかも運の悪いところが橋を渡っていた最中だったもんで持っていた金をすべて川へ放り投げちまったんですよ」

彼は笑いながら私に感想を求めてきた。

その話を聞いてまず最初に思ったのが"悲惨だな"

次に"おかしい話だ"というのもこみ上げてきて、だんだん笑い話に思えてきて。

最終的には"悲惨だな"で終わってしまった。

私がもし彼の立場であればかなりショックだ、とてもとても笑い話にはできる度胸がない、だから私は「それは災難だったな」という感想を述べた。

もしも私が彼だったら笑い話では絶対持ちかけない、絶対、同情してくれ、慰めてくれよ、というニュアンスをたっぷり詰め込んで話すところだろう。

しかし彼は違う、自分の不幸を笑い話として話題に持ち込むことのできる男だ。

一体どんな性格になればそのようなことが実現されるのであろうか?

ぜひとも、今すぐにでも彼の頭を切り開いて脳髄を手に取ってじっくりと調べてみたいと思えるほどだ。

「ね? でしょぉう? もうそん時はショックでショックで、しかもそん時の犬は犬で吠えるだけ吠えといたらどこかへ消えやがって。」

ああ、聞けば聞くほど不思議だ。

どうして彼はこうも明るく、話すことができるのだろうか、自分の身に起きた不幸を。

「ボスは何かないっすかね、こーゆー話」

おや、今度は私に話を振ってきたか。

あいにく私は話しのバリエーションが豊富ではない、どこかへ出かけるとしても彼のようにさまざまな出来事が起きてはくれない、どころか私は外へ出る機会もそんなにないのだ、仕事と言えばモニターの前で隊員たちに注入されたナノマシンの発する情報(殺害した人数、及び殺害された者の名前国籍所属言語血液型等、身体的疲労の情報、およびドーパミン、エンドルフィン等の脳内物質を含む鎮咳剤やアドレナリンの投与、精神的状態の管理、緊張してたらリラックスできる物質を全身に送り込むだの興奮してたら適度に鎮めるための薬など、食料の摂取量、残弾数、仲間との距離、一、方角、マップに目的地までの正しいルートをナビゲートするためのAIを搭載し彼らが一番聞き取りやすい音量、かつ不快にならない程度に調整とかとかとか。)とにらめっこし、暇が生まれれば作戦内容の確認、殺害目的の人物像を確認し、予測し得る行動パターンをマップナビに教え、現地の気象情報、温度、湿度等、食料の有無、またジャングル等の自然環境であればそこに生息する動植物の情報をマップナビに教え、また暇な時が生まれれば自分の持つルートで武器の調達をしたり兵器装備の開発費用を稼いだり、といったことをしている。

そういったものばかりの中で、生活らしい生活とはかけ離れた生活をする私にとってそんな話題を振ってくるのは無理難題というわけだ。

ああ、何かないか、私の不幸話、あるとすれば、私には隊員たちの体調管理諸々を請け負っているという重大な任務がある為、具合が悪くなんていられない、なので一週間に一度は必ず体にナノマシン用のチューブを5、6本つないで栄養剤の投与、精神安定剤、といった、書けばきりがないくらいの、なおかつ身体に悪影響を滅ぼすことのない"健全な"物質をがんがんに投与するわけなのだが、その施しには1時間もの時間を必要とする。

そのため我が隊では一つの任務は一週間で終わらせる、がベースとなっている。

ある日の事だ、わたしがその施しを受けている間、うっかり眠ってしまい、しかも寝相の悪いわたしは寝ながら全身に付けたチューブを全部とってしまい、1から施しをし直す必要があった、ということがあった。

中途半端に施しを終わらせたため身体的に不十分な薬物投与となってしまい、再び施しを受ける際には3時間もかかった、という話だ。

しかし、これでは彼の提示したテーマ、"幸運から不幸"へまったくリンクしない、ただの不幸話だ。

ああ、これではだめだ、そもそも私に幸運なときはあっただろうか?

常に同じことを繰り返す日々では、運気の上昇があったとしても、それを試す場がないため、"上"は"平行線"で終わってしまい、結果的には、"下"の方が多いのではないのだろうか?

いや、でもよく考えよう、ひょっとすると私にはこの日々が、この日常こそが幸せなのかもしれない。

任務が終われば隊員たちとドミノピザをむさぼって、ビールを飲み、金をかけるだけかけて、その癖ストーリーは半端なものという、迫力だけの映画を笑いながら見て、仕事は自分に命の危機はゼロ、という安全ラインの生活。

うん、悪くない。

いや、悪い。

こんな閉鎖空間でモニターとにらめっこしている、休日以外は自分が2次元存在に思えてくるほどの日々が幸せなわけがない、考えの果て、わたしは彼の質問など無視し、幸せとは何かについて考えてしまった。

考えて考えて、(といっても5秒ほどだが)思いつく先が、原点回帰、そんなことはどうでもいい、彼の提示したテーマにそった答えを早くこたえなければ。

幸せなんてどうでもいい話だ、幸せなんて人が思ったこと、感じたこと、とらえ方次第でいくらでも変わるのだから。

だから、そう、だから私は過去の記憶を頼りにした、この日常では同じか、悪いこと以外ないのだから、過去の、それこそずうっと昔の私の子供のころの記憶を探ることにしてみた。

まるでいつもモニタの前でやっているアーカイブを閲覧するときのように高速であれでもない、これでもない、と記憶を探っていった。

「そういえば。」思い出したと同時に自然と声から漏れ出した

「おっ、なんですか?」

「あれは私が8歳のころの話なんだがね・・・」

というと彼はちょっと驚いたような表情をした、まぁ、たしかに、いきなりそんな大昔の話を持ち出されたらびっくりぐらいするだろう。

「私が8歳のころ、学校でダニー・ウィリアムズという少年がいたんだ。」ダニー・ウィリアムズ、彼はとにかくやんちゃな少年だったな、夏休みともなれば自転車にまたがってどこへでも訪れた。

まるでハエのように常時活動する少年だった、彼は今頃どうしているのだろう、文字通り元気にしているだろうか。

「ダニーはある日私の家に訪れた、バスケをしようと誘ってきた。

私には断る理由もなかったしバスケは好きだったので喜んでその誘いに乗ったよ、私とダニー、それとケイシーという少年が同じチームで、相手チームはジョン、フラット、カルロスの3人、3on3でバスケの試合をしていたんだ。」

「ボスはサッカー一筋なのかと」

「あぁ、今はね、でも昔は、私たちの村では、運動といえばバスケか野球しかなかったもんだから、サッカー自体は知識としては知っていたがバスケットボールを蹴ろうなんて当時のみんなは誰もしなかったよ」

「どうしてサッカーボールがなかったんですか?」

「私にもよくわからないが、村長大のサッカー嫌いだったとかで、村でのサッカーは禁止したんだ」

「へぇ、世の中変な人がいたもんだ。」

「ああ、本当に変な話だよ、その村長はとても心優しい人間なんだがサッカーの話になると途端に機嫌が悪くなるおじさんだったよ」

「へぇえ」

「話はずれてしまったけど、その試合は私たちのチームが勝利したんだ、みんなとても楽しそうだったよ、それがまず幸せの段階かな。」

「あらまぁ、これからどんな展開が起こることやら。」

「私は気分が良くなり、もう一度バスケの試合を頼んだんだ、みんなも元気は十分に有り余ってたからチームを変えてもういちどやったんだ、またも私たちのチームの勝利だ、さすがにもう疲れてへとへとになったわたしはその辺の草むらでひと眠りすることにしたんだ、みんなは先にかえっていったよ。」

「ほうほう」

「熟睡していた、目が覚めたら真っ暗だったのだから、やばい、今は何時だ? と思い真っ先に家に向かって走ったさ、狭い路地裏も、近道となれば通らなくてはならない道だったので、全力で走って行った。

すると不思議なことに、村が明るかったんだ、いや、確かに夜になれば電灯もつくし住宅にも部屋の明かりがつく、だから何もおかしくはないんだが、いやに綺麗だった、まるでランプの中のような、きらきらとした感じの明るさがあったんだ。

わたしはなんだか不気味で、走る足がちょっと急ぐのをためらったが体が緊張すると、不思議なことにどんどん加速してしまったんだ。」

今思えばあの時の幸運はバスケの勝利ではなく、私が眠っていた時にあったのではないかなと思う。

「村に着いたときは自分の目を疑ったよ、まるで22世紀から現れた未来の手品師が現れわたしに手品を披露したかのように、それほどにインパクトのある光景だった。」

「パーティでもあったんですか?」

「燃えていたんだ」

「えっ」

「村一面が炎の海となっていたよ、私が短い人生で見たどの光景よりも一番恐ろしく、豪快で、なおかつ非現実的な、それでも信じがたい光景だ。

わけのわからない出来事に、わたしはそのまま立ち尽くしてしまったよ、何を考える訳でもなく、ただぼうっと、何秒か無駄に時間を使っていた。

はっ、と気づくとその事態のリアルが腹の底からこみ上げてきた。

気が付くと私は叫んでいたよ、自分でもあんな声が出せたのが不思議なくらい大声で、人間ってのは窮地に陥ると理由は抜きにただただ叫びたくなるものなのだな、と思ったよ。」

「しかし・・・いったいなんでそんなことに・・・?」

「おそらく空襲があったんだろう、突然の事態だった、私が中学生になって自由に調べられる年頃になったころ調べてみたんだが、どうやら当日、わたしの村から1マイルほど離れたところで紛争があったらしいんだ、小さいところで収まっているが爆撃を使うなんてよほど重大なことをかけた戦だったんだろうな、不運にも私たちの村は巻き添えをくらった、という話なのさ。」

「ボス、あなた確か42歳ですよね?8歳ということは34年前、その頃はすでに戦闘区域の限定化、関係のないところに少しでも被害を及ぼしてはいけないという法律があったはずです、戦闘が起こる3週間前には住人に避難指令、施設での保護などがあるはずだ。」

「ところがどうやら私の村はその戦いに無関係ではなかったようだ。」

「え・・・?」

「私が軍についてから調べたのだがあの村長、この世界では最重要人物としてとらえられていたらしい、なんでも彼は私が産まれる何年か前、グリーンベレーに所属しており、腕前はトップクラスで大佐にまで上り詰めた男らしいんだ。

そんな彼が昔手に入れた某国の機密ファイルを世間に公開しようとしたんだとか、それもひとつふたつではなく、10なん種類と。理由なんて知る由もないが、という理由なんて本人が語るべきものであって他人がたやすく聞いてはならないものなんだろうけど。」

「つまり、なんらかの理由でよく思われていないその村長は、世界各国の機密情報を、なんらかの理由で世間に公開しようとし、それを阻止すべく付近の紛争地帯を攻撃するついでに村を焼き払った・・・と?」

「びっくりするほどおかしなストーリーだろ?、もともとその紛争は村長一人を殺すためのものだったとかそんな話もある」

「しかし・・・そんな大問題をなぜ政府は取り扱わなかったんですか?戦争は今やルールで取り締まった争いと化してる、村長一人が目的ならばわざわざ爆撃なんてする必要が・・・」

「だから、村ごと焼き払ったんじゃないかな、証拠隠滅?というのかな、私の村は地図にのらないほど小さな村で、消すのにはなんの問題もなかったんだと思う、というかその村は何もない荒れ地だったのを村長が一人で開拓していった村であって地図にのるはずがないんだ、勝手に作った村だから。」

「・・・そんなことが起きていたとは・・・」

「どうせ殺すなら目撃者も消しておきたかったんだろうね、しかし、わたしは生きていたよ、炎の中歩けそうな道を探して村の中を走っていったよ。

当然、私の家なぞ残っているはずもなく、きれいに燃えていた、炎の海の中でも、匂いってのは感じるものだね、家の中にいた家族が生きたまま焼ける匂い、肉や髪の毛が焦げ独特の異臭を発する"あれ"は今でも忘れられないよ。」

「俺も現場に行けばそういうのにはしょっちゅう出くわしますが、絶対いい気分ではないっすね。」

「炎の海の中、自分の無力さを思い知った私は泣き叫んだよ、しかもまわりは炎だらけで酸素もうすくなっているのだから疲れて疲れて・・・気が付いたら空が青かったんだ、また寝ていたんだな、私は。

あの炎の中よく私は死ななかったな、と思うよ、案外私は幸運の持ち主なのかもしれないね、私が眠っている頃雨でも降ったのかな、村に燃え盛っていた炎が消えたのは。

焼け野原と化した村を私はさまよっていた、誰か、生きてはいないのか。

返事をしてくれ。

私はハッと思い出した、ダニー、彼らは無事だろうか。

すぐさま彼らの家を探しに行った、家は全焼しどれも同じような外見に変わってはいるが場所的に家が変わることはないから私は記憶を頼りに彼らの家を訪ねた、兄弟や親の数を僕は知っていた、そこの死体の数を数えると、ダニーだけはいなかつた、ダニーは母と妹がいる。

つまり彼が死んでいれば3人、死体がいるはずだがその家には2人しかいなかった、蒸発してしまったのかな?と思ったけどどの死体も、無残な姿ではあるが、皆人のかたちをかろうじて保ってはいる、なので消滅したとは考えにくい。

きっと彼は逃げ延びたのだろう、得意の行動力で、自転車でもつかって、しかしダニーはいなかった、僕がどれだけ叫んでも、8歳の小さな体から張り出す大声で呼んでも返事はなかった、ああ、やはりこの村では僕しかいないのか。と思うと急に悲しくなってきてね、その場で泣き崩れてしまったよ。」

「・・・」

「以上が私の幸運から不幸への逆転劇だ。」

私は彼がしたように感想を求めてみた。

思ったよりも彼は返事に困っているらしく、多少時間がかかった。

その間に私はダニーについて少し考えた、ひょっとするとダニーは紛争地帯へ走りこんで、流れ弾でもくらって死んでしまったのだろうか、それとも、私のように軍の人々に拾われて、軍人にでもなったのだろうか、はたまた、彼は今も休息の地を求め自転車をこいで何かから逃げているのであろうか。

「それは」と、彼の返事が始まった。

「災難でしたね。」

おや、私と同じ返答だ、私なりには、君のように精一杯の笑い話になるよう語ったつもりだったのだが、同情、慰めのニュアンスに聞こえたのだろうか。

「あまり笑えない話だったかな、いやぁすまないね、今度はもっとおもしろい話を提供するようがんばるよ。」

と言うと彼は信じられないと言いたげな表情を見せて。

「これで笑えという方が無理ってやつだぜ。」

というと持っていたゴシップ雑誌を置いてどこかへ行ってしまった、私はそこで、ちょっと不満になる。

せっかく聞いてきたから言ってやったのに、あの態度はないだろう。

そう思うとあまりいい気分がしなくなってきた、やはり彼はちょっとおかしい。

今度本当に脳髄を分解して精神状態を調べてやろうか?と思った。

*1:ひとりのボスと部下の会話のワンシーンを描いたものです、なにしたいのかっていうとこのボスは頭がおかしい人なんだよっていうのを最後の方で表しています、とんでもないことがあったのに、その平然さ、それを微妙にあ、おかしい奴だなこいつ、と伝わってくれたら嬉しいなあ